スイートスポット
「じゃあ、お休み。」雲雀は目を閉じた。
今夜は愛しい恋人の誕生日。彼の為に好物を取り寄せ、祝い、呑んだ。
酒もほどほどに身を寄せ合い、気がついた時には草壁の上に寝そべってこう言った。
つい先刻まで歌っていたヒバードも、それに合わせ針を揺らしていたロールも
すでに寝息が聞こえている。
「恭さん」
こんな何でもない時間を過ごすのは久しぶりだった。だからやはり期待もしていた。
二人きり、そっと肩に手を置く。
「今夜は無し」
見透かされ、目を閉じたままぴしゃっと返される。
君のしたいことなんて簡単に読める。そういう口で笑った。
こんな体勢しといて何もせずにいろっつうんですか、そう言おうとして止めた。
今日は彼の言うことを恋人として聞いてやりたかった。ああくそ、恨めしい。
落ち着こうと自分も目を閉じる。と、唇が触れてきた。
「恭さん!」
やわらかい感触に、抑え込んでいた邪が再び揺り動かされるのを必死で堪える。
邪念を醸す髪の匂いにまぎれて、ほんのすこし酒の香りがした。
「酔っているのですか」
「いいや」
ふっと雲雀の口の端が上がったので機嫌は良いらしい事に安堵したが、
では何故駄目なのかと思案する草壁の唇の隙をつき、雲雀はそれを咥え引っ張った。
「…口づけならいいかと思って」
雲雀は悪びれもせずに、また草壁の胸に顔を埋めて視線を逸らす。
そうして囁かれたいつもの台詞に、草壁はもう従うしかなかった。
「これ以上は、咬み殺すからね」
■ ■ ■
薄暗い部屋にうっすら光が差し込み、咲いたばかりの杜若の影が障子越しにそっと照らされている。
二人は布団の中でぼんやりとそれを見ながらお互いの体温を寄せ合っていた。
「ほら、ただこうしてゆっくりするのだって良いだろう?」
雲雀が草壁の胸の上にぴったり頬をつけたまま話すので、顎の動きがそのまま振動で伝わる。こそばゆい。
「セックスもいいけど、あれは真っ白になって意識が飛んでしまうからね。
今日はきちんと、僕が意思をもってきみと触れていたいと思っているんだ」
顔を上げて、草壁を見る。また一つ新しくなって向き合う、真っ直ぐな目だった。
ああ、この人はこうしていつも俺の芯を衝いてくる。握られている。
そのたびに幾度も認識してきた。雲雀の傍にいる。全て受け止めて生きていく。
「恭さん、お誕生日おめでとう、ございます」
震えながらも強く言葉を向ける。
「愛しています」
雲雀は目をぎらぎらさせて満足そうに笑い、僕も、と言う。
外はいよいよ白んでくる。こうして雲雀と共にある今をもっと確かめたい。
そっと彼の髪をなぞり、額に触れた。
(了)
スイート‐スポット【sweet spot】
ゴルフクラブやテニスラケットなどで、ボールを打つのに最適な中心点。最適打球点。